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沖縄・旅の情報(地区別) 沖縄のバスと仲良くなろう

 

沖縄・旅の情報(地区別)

 

     

地区名 トピックス
那覇 那覇市内の名所をまわる
国際通り
首里
識名園
中城 中城城(なかぐすくじょう)
コザ・具志川・勝連 勝連城
安慶名城と知花城(鬼大城の墓)
コザ(沖縄市)
名護・今帰仁 今帰仁城(なきじんじょう)
名護

 


那 覇


那覇市内名所をまわる
−国際通り・首里・識名園−

県庁所在地・那覇市は、沖縄でもずば抜けた人口(約30万)と都市機能を持ち、交通の要所です。かつての県都は古都・首里で、那覇はその外港でしたが、那覇の人口が増え、首里を吸収して現在の那覇市となりました。
那覇市内の見所は、(1)国際通り周辺 (2)首里 (3)識名園 の三ヵ所にわけて考えると、コース設定を組み易いと思います。また、この三ヵ所は、路線バス那覇市内線を利用すれば、比較的容易に移動し、見て廻ることができます。
詳しくは「沖縄のバスと仲良くなろう」の”市内線に乗る”を見て下さい。

国際通り


那覇のメインストリート、国際通り。沖縄の旅はこの国際通りから始まると言えるでしょう。
国際通りは約2キロ。西端に那覇バスターミナルが位置し、市内線の多くの路線・中北部への路線バスの殆どが通ります。
国際通りをぶらぶら歩くのも楽しいし、また付近の名所を見て廻るのも良いでしょう。ここでは、那覇バスターミナルと周辺の見所を紹介します。

1.那覇バスターミナル
鉄道のない沖縄では、路線バスが唯一の陸上の公共交通機関であり、この那覇BTが旅の起点となります。

2.崇元寺石門
バスターミナルから国際通りを進むと、安里バス停の先でT字路になります。ここから左に曲がると道路に面した大きな石門が見えます。崇元寺は、第一尚氏歴代王の霊を祭る国廟でした。沖縄は第二次大戦の戦場になり、那覇も大きな被害を受けました。崇元寺も焼失しましたが、奇跡的にこの石門だけが残りました。裏は公園になっています。

3.波上宮・波の上ビーチ
那覇BTより国際通りを進み、パレット久茂地(デパート)の先から左折して進むと、10分ほどで波の上ビーチに出ます。大都市にいながら、海に親しめるスポットです。
その隣りには熊野権現を祭った、波上宮があります。ビーチから見ると、海に迫り出す険しい断崖の上に建つ様子がよくわかります。

この他の見所としては、
中国風の庭園・福州園(国際通りから波の上ビーチへ向かう途中にあります)
焼物の町・壷屋(国際通り牧志付近より右手に入る)
牧志第一公設市場(マチグヮー)などがあります。
特に、壷屋近辺は昔ながらの入り組んだ路地が残り、タイムスリップしたような雰囲気も味わえます。


首里

那覇中心街からほど近い丘陵を利用して築かれたのが、古都・首里。那覇随一の名所です。国際通り周辺からのバスは、幾つかの路線がありますが、市内線No.1「首里・識名線」を利用するのがわかり易いと思います。
また、国際通りの端、安里バス停付近から首里城公園入口までは、歩いて30分ほど。首里の丘をゆっくりと眺めながら歩いていくのも良いでしょう。

首里の見所はまず世界遺産にも指定された首里城になります。第二次大戦で壊滅的な被害を受けましたが、見事に修復された城壁や正殿などは必見です。また、城内の係りの方の沖縄の伝統衣装にも注目してください。
また、付近の円鑑池(第二尚氏の時代に造られた人口池)と弁財天堂円覚寺跡も見逃さないように。
また、首里城以外にも多くの見所があります。

1.金城町石畳
日本の道百選にも選ばれた古道。民謡「芭蕉布」で”首里の古城の石畳……”と謡われたのもここではないかと思われます。かつては首里城に通じる要道で、第二次大戦でも奇跡的に戦火を免れました。
昔ながらの石畳の道(傾斜はかなりきつい)の脇に伝統的な家屋が見られるかと思うと、鉄筋コンクリートの近代的な建物も数多く見られ、これが意外にマッチしています。過去と現代の光景が錯綜した風景が見られます。
この金城町石畳は首里の丘の傾斜地に位置し、所々見られる眺めも良く、私はこの辺りをぶらぶら登り降りするのが好きです。
個人的には首里で一番好きな場所です。
NHK朝の連続ドラマ『ちゅらさん』での古波蔵家周辺の景色はここが使われています。

2.玉陵(たまうどぅん)
第二尚氏の墓陵。首里城同様戦禍で破壊され、復元されました。首里城の近くに位置しながら地味な場所ですが、石造りで荘厳な雰囲気がし、かつての王家の威容を感じることができ、ここもお勧めの見所です。

3.県立博物館
沖縄の歴史、自然、美術工芸などがわかる博物館。系統的に沖縄を知りたいなら、欠くことのできない場所です。

幾つかの見所を上げましたが、私は首里の小道をぶらぶらと歩くのが好きです。戦禍で大きな被害を受けたとはいえ、かつての古都の雰囲気をよく留めています。


識名園

那覇市内の名所というと、まず首里になり、識名園へはなかなか足をのばさないのではないかと思いますが、ここ識名園は琉球の様式と日本の武家庭園の技法が見事に融合した美しい庭園で是、非訪れたい場所です。第二次大戦で大きな被害を受けましたが、20年の歳月をかけて見事に修復され、平成12年には世界遺産にも指定されました。
那覇中心街からも、また首里からも離れているような印象がありますが、市内バスNo.1「首里・識名線」で簡単に訪れることができ、首里観光と組み合わせることも可能です。No.5「識名線」を利用すれば、那覇中心街から直行することができます。
沖縄随一の名園であるとともに、緑豊かで心和む空間です。観光の合間にほっと一息つきながら、美しい景色を眺めることができて、個人的にはお勧めの場所です。
また、庭園の側には沖縄独特の墓地が広がっています。沖縄の人々にとって、墓は先祖と語らう大切な場所です。時間があれば、少し見ていくのも良いかもしれません。


中城


中城城
(なかぐすくじょう)


平成12年、「琉球王国のグスク及び関連遺産群」が世界遺産に指定されました。ここ中城城もその中に含まれています。
私は世界遺産に指定された他のグスク(勝連城、今帰仁城)も見ましたが、城郭としては、中城城が最も良く残っており、築城技術も優れていると思います。(特にゆるやかに曲線を描く城壁は芸術的とも言えるほど美しい) 那覇から近いこともあり、沖縄でグスクを見学したい、というのならば、まず中城城をおすすめします。
那覇からは、まずバスで普天間を目指します。所要時間は45〜60分ほど。(普天間には、中北部へ向かうバスの殆どが通ります) 普天間から中城城まではバス路線もありますが、本数が極端に少ないので、タクシーを利用してください。ほんの5分ほど、800円程度の距離です。

中城城と「護佐丸・阿麻和利の乱

中城城は、琉球王国きっての築城家、護佐丸(ごさまる)によって整えられました。(グスクの成立自体は護佐丸以前に遡るといわれます)
首里王家の忠臣として名高い護佐丸は、中城の按司に任ぜられました。その頃交易などで急速に力を伸ばしてきた、勝連城の按司・阿真和利(あまわり)を牽制するためでした。
阿真和利は策をめぐらし、護佐丸が謀反を企てていると首里王家に讒言、護佐丸を攻撃します。名城とうたわれた中城城でしたが、城を取り囲む軍の旗が首里王家の物であることを見て、忠臣・護佐丸はあえて戦わずに自害しました。
護佐丸を倒した阿真和利は勢いに乗り、首里を攻めますが、無残にも破れ、勝連城も滅ぼされました。この事件は、琉球を統一したものの、第一尚氏の政権基盤は脆弱であったことを示すといわれます。この後、第一尚氏は農民出身の金丸にのっとられ、琉球は第二尚氏の時代を迎えます。

城内には、私設の博物館があります。スタッフの方が沖縄の歴史を詳しく説明してくださり、質問にも答えていただけます。積極的に沖縄の歴史を知りたい人は訪問の価値あり、です。
城は小高い丘の上にあり、東シナ海と太平洋を同時に眺めることができます。

この他、中城村には「旧・中村家住宅」があります。私は訪れることができませんでしたが、中城城から徒歩7分程です。


コザ・具志川・勝連


勝連城

今帰仁城、中城城などと世界文化遺産に登録された勝連城。かつては交易などにより栄えました。最盛期の按司・阿麻和利は、首里王家の娘を妻に迎えるほどの勢いを見せ、自らが琉球の覇者になろうと企てましたが、無残にも首里に滅ぼされました。

勝連城は、一の郭、ニの郭、三の郭、四の郭、東の郭から成ります。面積はそれほど広くはないようですが、四の郭と三の郭の間には大きな高低差があります。今帰仁や中城も固い守りを誇りますが、城内はそれほど大きな高低差はありません。このあたりが勝連城の構造城の特徴のように思います。現在、四の郭跡は荒れ果てていますが、かつてはここに政庁などがあったと考えられ、海に面して門があり、道が通じていたと考えられています。

世界遺産に指定されたのが契機になったと思いますが、修復工事が行われていました。

勝連城への行き方

那覇BTより27番・屋慶名(大謝名)線、80番・屋慶名(大田)線を利用し、西原バス停下車、徒歩5分程。

27番線は本数も多く利用し易いのですが、那覇からはおそらく2時間ぐらいかかってしまうのではないかと思います。(路線バスで2時間というのは結構大変です。特に那覇からの日帰りを考えると、不可能ではないが、大変)
80番は運行本数は1時間に1本未満です。

あるいは、高速バス123番線(那覇空港−那覇BT−沖縄南IC−コザ中心街−具志川市−石川市)を利用してコザ中心街まで行き、そこから27番線に乗換ても良いと思います)

そこで、途中コザ(沖縄市)で一休みしたり、日程に余裕があれば宿泊することも考えて良いと思います。那覇からコザまでは多くの路線が出ています。

コザからは、上記の27番線が利用できます。ここで注意しなければならないのは、コザの中心街は嘉良間−胡屋−中の町−園田周辺で、バス停「コザ」は少し離れていることです。(80番線は「コザ」バス停しか通らないので、利用時は特に要注意ですが、勝連城までの所要時間は27番線より少し短くなると思います)


安慶名城と知花城(鬼大城の墓)

沖縄市(コザ)〜具志川市にかけては、それほど大きくはありませんが、好きな人なら一度見てみたいグスクがあります。

安慶名城は、唯一の輪郭式グスク。主郭を二重に城壁が取り囲んでいます。場所は具志川市中心街からほど近く。旧安慶名バス停から歩いて3分程。(安慶名バス停からも歩いて行けます)
グスクへの入口が少しわかりにくいのですが、正面の芝生の広場の左手奥に上り口があります。かなり急な道と階段を上っていくと、主郭。自然石を利用したアーチ型(?)の入口があります。
付近は公園として整備され、闘牛場もあるので、是非見ていってください。

知花城は、沖縄市北部に位置します。23番線を利用し、知花バス停から徒歩10分程。主郭のすぐ下までは、コンクリートの旧な石段が延びています。上り詰めると、そこにはコンクリートの展望台が……まぁ、見晴らしは良いです。この城の見所は、むしろ鬼大城の墓。護佐丸・阿麻和利の乱でも大きな役割を果たした、鬼大城が第二尚氏に追われて自害した土地であり、後に子孫が建立しました。

この二つの城は距離的にもそれほど離れておらず、レンタカーはもちろん、バスを利用しても、半日で十分にまわることができます。でも、急な上り道や階段が多く、体力的には結構きついです。しっかりとした靴を履いて行ってください。


コザ(沖縄市)

沖縄中部の中心都市であり、1974年に沖縄市に改称されましたが、今でもコザの方が通りが良いようです。
コザ周辺を見るだけでなく、沖縄中北部観光の中継点として途中下車したり、宿泊したりするなどしても良いと思います。

私は平成13年1月に訪れましたが、あいにくの悪天候と体調不良で、良く見て廻ることができず、夜9時にやっと買物も兼ねて外出しました。コザというと基地の町というイメージもありますが、ディスコでは米軍関係者お断りの表示などもあって、複雑な事情があることも感じました。
那覇と一味違った雰囲気があり、様々な文化が混在した魅力もあるようです。
深夜営業の総菜屋さん等もあって少しビックリ。

コザの食事でお勧めなのが、喫茶店。外から中が見えず、少し怪しげな感じがする店が多いのですが、中に入ってみると意外に普通のお店。(少し暗くてレトロな雰囲気もありますが) 600円くらいでちゃんとした定食類が食べられて、のんびりできます。旅先で知らない店に入るのは多少の勇気が要りますが、ファーストフードなどでお茶を濁すよりも、コザでは喫茶店や食堂でしっかりしたお食事を! (24時間営業しているところもあります)

コザの中心街は、バス停でいうと、園田−中の町−胡屋の間になると思います。那覇行きや、名護行きのバスのほとんどはこの区間で停車しますが、80番線(那覇〜西原[勝連城]〜屋慶名BT)はコザしか停車しないので要注意です。

コザ中心街とバス概念図


名護・今帰仁


今帰仁城
(なきじんじょう)

かつて琉球三山時代、北山の中心として栄えた今帰仁。グスクの創建は13世紀頃だと言われています。地域を治めるグスクから、貿易で力を蓄え北山の中心となっていた過程が、出土品からわかるそうです。今帰仁城は、首里城につぐ面積を誇り、志慶真川沿いの絶壁の上に位置し、難攻不落の城といわれました。
結局は第一尚氏に敗れ、首里の統制下に入りますが、その後も北方の要として首里から監守が派遣されていました。しかし、薩摩の侵攻で城は焼き払われ、やがて監守も首里へ帰還しました。

今帰仁城入口のバス停で降りて少し進むと、左手に城への上り道があります。バス停から城の入口までは徒歩で15分ほど。上りつめると、右手に公園があります。ここの東屋で一休みするのも良いでしょう。公園の奥には今帰仁村歴史文化センターがあります。(残念ながら私が訪れたときはお休みでした)
今帰仁城の入口の方へ進むと、二〜三軒の土産物屋の先に鳥居が見えます。第二次大戦前、国威高揚のために北山神社建設の計画があったのだそうです。戦局の激化で実現しませんでしたが、建設されていたら、貴重な遺跡はめちゃくちゃになっていたことでしょう。

さて、今帰仁城めぐりは鳥居の先の平郎門からはじまります。この門は、昭和30年代に復元され、昔とは30メートルほど位置もずれているそうです。その先には石畳の通路がありますが、これも新しく敷設されたもので、かつての旧道はその右手に残っています。
通路の右手には大隈(ウーシミ)と呼ばれる広い郭があります。馬の飼育や調教をしていたらしいとのことです。
通路を登りつめると、城の催し物の会場となったという大庭(ウーミヤ)と女官達の生活の場だったといわれる御内原(ウーチバル)があります。その奥が主郭。初期は版築工法で地盤が固められたそうです。また、建物の礎石跡も見ることができます。

その南側の少し低くなった郭が志慶真郭。武家屋敷があったといわれ、炉の跡も見つかっています。この郭は修景作業が進み、城壁越しに海を眺めることができます。(よくガイドブックなどで見られる今帰仁城の写真はこの志慶間郭のものです) 城では今も修復作業が進められています。

今帰仁城の見所は、首里城につぐ広大な城跡が残っていること。大隈や志慶真郭の城壁は長々と続き壮観です。現在の登城口からはわかりませんが、平郎門の先にももう一つ城壁が発見されているそうです。(パンフレットには描かれています)

今帰仁城への行き方

那覇やコザからは、まず名護BTを目指します。バス路線などについては、「沖縄のバスと仲良くなろう」のページをご覧ください。

名護バスターミナルからは本部半島線に乗り換えます。この路線は名護BTを起点に北廻り(66番線)と南廻り(65番線)があり、半島を一周して名護に戻ります。名護から今帰仁城入口バス停へは北回りの66番線を利用します。(帰路は反対に65番線に乗ります) 名護−今帰仁城入口間の所要時間は約40分。
この路線からは沖縄の民家や美しい海岸線。山の景色、地方の町の様子などを見ることができ、これも旅の良い思い出になるでしょう。


名護

沖縄本島北部の中心・名護市。那覇発のバスはすべて名護BTが終点となり、今帰仁城をはじめ、本部半島方面、辺土名方面へはここで乗り換えます。

私はコザから名護を経て今帰仁城へ行き、そのまま高速バスで那覇へ帰りましたが、なんだか、グスクを見た以外は、ほとんどバスの中にいたような感じで旅程の組み方を若干反省しています。(それに疲れました……)
名護市については殆どわからないのですが、バスの車窓からは、名護市は海岸沿いの美しいリゾート風の都市に見え、気軽に宿泊できそうなきれいなビジネスホテルも見えました。名護城跡や博物館もあるし、移動距離を考えても、名護で1泊した方が良いように思います。

尚、名護BTは市の中心街からは若干離れているようなので、要注意(市の中心は名護十字路バス停付近。名護市内で宿泊する人は、地図などで調べて、宿に近いバス停で下車するようにしてください。
また名護城跡と博物館は、名護城入口で下車です。

名護BTには売店や気軽に利用できる食堂などもあります。(名護を離れると、あまり食事をするところもありません。バスの乗換時などに利用したら時間が有効に使えると思います)

本部半島線
(名護より今帰仁へ)
名護市内バス路線図

 

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